50歳になったので、この10年を棚卸ししてみました

50歳になりました。シニアアイ(老眼)も進みました。白髪も増えました。

でもこの10年で一番大きく変わったのは、役職でも年収でもありません。
父親になったことでした。

あの頃思っていた50歳といえば、完全におじいさんに片足を突っ込んだ存在で、休日は盆栽に水をやって静かに過ごしているものだと思っていました。

それがどうですか?
実際に50歳になってみたところ、頭の中は驚くほど子どものまま。

こんな理想像とは程遠い50歳になってしまいましたが、「まあ、こんな50歳も悪くないか」と今のところは思えているし、そう思い続けられるように生きていきたいと思って過ごしています。

ちなみに1976年生まれの「中田英寿世代」。
高校3年生の時、センター試験が終わった翌朝に阪神淡路大震災が起き、インターネットなんてなかった当時はラジオだけが最速の情報源だった……そんな時代を生きてきました。

50歳という大きな節目を迎えたので、この10年のリアルな現状と変化を記録しておきます。

スペックと現状(50歳のリアル)

身体・健康: 老眼には全く抗えないし、白髪も目立つ。
健康診断の数値もいよいよ「良好」とは言えなくなってきました。

ただ、子どもと一緒に全力で遊びたいという強い欲求があるので、体をしっかりケアして、元気で動ける身体をなんとかキープしています。

仕事・役職

管理職。40歳で東京へ異動し、49歳で名古屋に帰還しました。

趣味

釣り、鉄道、クルマ、バイク。
乗り物や「移動」そのものが相変わらず大好きです。

家族

妻一人、子一人。
自分一人の自由な時間は激減しましたが、子どもと一緒に何かをするのがとにかく楽しいので、ストレスは全くありません。

管理職になったら「理不尽の質」が変わった40代

40歳で東京に異動し、管理職に。
49歳で名古屋に戻ってきています。

「管理職になれば、今までの経験値を使って多少は楽できるのかな」なんて甘い期待を抱いていたのですが、全然そんなことはありませんでした。今まで生きてきた中で一番(特に精神的に)忙しいです。

そして、時代の変化による「理不尽の質の変化」に直面しています。

若い頃は厳しいパワハラに耐え、そして今は逆の立場として必要以上にハラスメントに気を遣わなければならない時代。
いわゆるオーバーハラスメントの状態です。

何より理不尽だなと感じるのは、「若い頃は権力がなくて『引き分け=自分の負け』だったのに、今は権力があるがゆえに『引き分け=自分の負け』になる」ということ。

どこまで行っても負け判定じゃないか!と納得いかない部分もありますが(笑)、仕事には確かなやりがいがあり、正当に評価されているという実感もあるので、なんとか踏みとどまれています。

10年前(40歳)の自分との比較:東京で揉まれた怒濤の10年

この10年で一番大きな変化は、やっぱり「親になったこと」です。

仕事面でも、40歳で東京に異動した時は本当に凄まじかった。
案件を何ひとつ持たずに身ひとつで、まるで「箱根駅伝の関東学生連合」のような部署に放り込まれました。

関東学生連合:
各大学の予選会通過を果たせなかった大学から、上位タイムの選手だけを集めて結成されたチーム。
ベストタイムを足せば上位にランクされるはずが、寄せ集めでチーム力が乏しいため、なかなか上位にいかない。
イキが良い(スピードがある)けれど少々扱いにくい個性の強い選手たちだけを集めて結成されるチームのこと。

僕が移動した部署も「扱いにくいけれど強い個性を持つメンバー」だけで構成された新設部門。
そこで揉みくちゃになりながら仕事をしてました。

でも、東京に行ったからこそ起きた奇跡もありました。

幼少期からずっと大好きだった「鉄道」と「釣り」が、なんと仕事になりました。
釣り具メーカーや鉄道会社とお仕事をさせていただいたり、昔テレビで観ていた鉄道タレントの皆さんとご一緒できたりしたことは、自分の人生の中で誇りたい大きな実績です。

ちなみに、僕の仕事に対して普段は滅多なことで驚かない父親が、一番感激して「お前スゲーな」と言ってきたのは、ドリフの仲本工事さんと一緒にお酒を飲んだ2ショット写真を見せた時でした。笑

僕がスゴいのではなく「東京という街のパワーがスゴいだけ」なのですが、その東京の熱量を人生で体験できたことは本当に大きな財産です。酸いも甘いも知り尽くしたからこそ、名古屋に戻ってきた今、何に対しても「ないものねだり」をすることがなくなりました。

子どもが遊んでくれなくなった時のための蓄え

自分一人の自由な時間はめっきり減りましたが、手近なところで欲求を消化しつつ、子どもと過ごす時間を全力で楽しんでいます

でも、あと数年もすれば、子どもは親と遊んでくれなくなる時期が確実にやってきます。

だからこそ今の目標は、「子どもが遊んでくれなくなったその時に、しっかりと遊べるように、今から身体とお金を維持しておくこと」。
またその時に一緒に遊んでもらえるネットワークの維持も大事です。

その日のために、シニアアイや健康診断の数値と戦いながら、身体のメンテナンスを続けていきます。

妻のニーズと真逆の家を買う

50歳を迎える前に、人生で一番大きな買い物も経験しました。
名古屋への転勤を機に、マンションを購入してリフォームをしました。

家を選ぶ際、妻の希望は「新しさ > 広さ > 利便性」でした。
しかし、いろいろと吟味を重ねて最終的に決まった結果は……

「利便性 > 広さ > 新しさ」

見事なまでに妻のニーズと真逆の家になりました。笑
親もいい年齢のため最終的には実家に戻る可能性もあり、いざとなったら売れるのは利便性の高さだと説得しました。

リフォームも「こうしたい!」があまりなく、見かねたデザイナーをやっているビジネススクールの友人がデザインや提案をしてくれました。
そして施工は小中の同級生が全力でサポートしてくれました。
本当に持つべきものは友人で、感謝しかありません。

「友人という存在は本当に大切なんだぞ」という背中を、これからの人生を通じて子どもにもしっかり見せていきたいと思っています。

これからの10年に向けて

昔思い描いていた格好いい50歳とはちょっと違うかもしれないけれど、自分の頭の中の「子どもさ」と向き合いながら、今の自分を面白がって生きていきたいです。

東京で得た経験や刺激を自分と家族の糧にしつつ、次の10年は家族を第一にしながら、公私ともに地元(名古屋)に貢献していくフェーズに入ります。

60歳になった自分がこの記事を読み返した時に、「50代も最高に面白かったぞ!」と胸を張って言えるように。

50歳になっても相変わらず釣りに行きたいし、電車を見ればワクワクするし、クルマやハンターカブで遠回りしたくなる。

そんな50代を楽しんでいこうと思います